五月病ならぬ「11月病」

11月も今日で終わりですね。

日本では、新年度の環境変化やその後の長期休暇後の心身の不調にちなんで五月病という言葉を耳にしますが、ヨーロッパでは、5月ではなく、11月が要注意なのです。

私が数年暮らしていた北欧では、11月は特に変化が顕著なのですが、イギリスやドイツなどの北ヨーロッパにも、少なからず当てはまることかもしれません。

北欧ノルウェーでは、10月に初雪があります。

まだ10月なので、雪といってもチラチラ降る程度で、決して積もったりはしません。

しかし、これが11月になると、一気に日照時間が短縮。

なが~い、暗い冬の到来です。

当時、夕方4時頃に幼稚園に子どもを迎えに行っていましたが、行きはまだ辛うじて明るいのですが、帰りはもう真っ暗(-_-;)

11月に入ると急に暗くなるのが早くなる、というこの現象が人間の精神面に大きく影響するようです。

降雪が増える12月は、積雪で街が逆に明るくなるので、それが意外にも気分を好転させてくれます。

なので問題は、やはり11月。

変化についていけず、心身に不調をきたす人が多くなります。

実際に11月病とは呼びませんが、季節性感情障害と診断を受ける人が一定数いるので、北欧では、こうした疾患の適切な治療事例の蓄積も豊富です。

私が事故に遭ったのも11月でした。歩行中、車の衝突事故に遭ってしまい、顔に4針縫う怪我を負ってしまいましたが、数ミリずれていたら失明していたかもしれないと医師に告げられ、不幸中の幸いでした。

統計的にも、11月は事故も多い時期だそうです。

体がまだ暗さに慣れていない、そしてまだ雪の生活になれていない等、様々な要因が重なり、注意が必要な時なのです。

この11月病(あるいは五月病)ですが、語学を学ぶ上で経験するスランプに似ているかもしれません。

語学を習得するには、どうしても時間がかかります。

そして頑張っている過程で、壁に当たったり、スランプに陥ることもあります。

でもそこで、五月病(あるいは11月病)のように、そういう時期が、傾向や可能性として存在することを予め予想できると、上手に対処することもできます。

語学を極めようとする途中でやってくるスランプや停滞期も学習プロセスの一つ。

ある一定のレベルになると、誰もが経過するであろう通過点として捉えてみる。

そして、スランプとは実は、成長を促してくれるポイントとして向き合う。

先日お話しした threshold の概念。

スランプ時は、まさにこの threshold をちょうど超えようとしている時期ゆえに苦しく感じるのかもしれません。

超えたら変化が見えるので、成長が実感できます。

停滞期はやって来るもの。

しかし、その threshold を超えたら、その先に待っているのは成長でしかないと思えば、それはそれで楽しみですよね。

11月病を乗り切るのに、キャンドルの炎は癒しの効果があります。

語学学習における、自分なりのスランプの乗り切り方を

上手に見つけていきましょう。

 

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それぞれのタイミングで

それぞれのタイミングで

英語力がある程度備わっていても、なかなか英語を話さない子がいます。

一方で、語彙力はそれ程身についていなくても、躊躇なく英語を話し始める子もいます。

通常、語彙力などの英語力は会話力と比例するものですが、それでも、子どもが実際に英語を発するタイミングはまちまちです。

もちろん、年齢や海外での滞在期間も大きく影響しますが、

英語圏の教育現場で、よく使用される表現の中に scaffold threshold というものがあります。

Scaffold とは、工事現場などで必要とされる「足場」ですね。

丁寧な足場は、安全な工事現場の基礎ですよね。

全ての建築物は、この足場が基本と言えますね。

同様に、教師が子どもにできるのも、この scaffolding の役目なのです。

しっかりと基礎を固めてあげる。

ただ、thresholdというのは、子ども一人ひとり異なります。

日本語では、敷居、境界線とか、しきい値、基準値などと訳されますが、ある一定のラインを超えると変化があるが、それ以下だと変化は見られない、という一定の基準のことです。

なので、無意識に threshold を高めに設定している子は、なかなか英語を発しませんが、逆に設定が低いと割とすぐに英語を話すようになります。

しかし、英語を話し始める時期=ある一定の英語習熟度とはならないので、複雑ですね。

自分の threshold を決めるのは子ども自身なので、英語をどの時点で話し始めるかは、その threshold を果たして超えたかどうか、という差なのです。

そのため、英語力がついていると判断してアウトプットを急かせてしまうのは、かえって逆効果。

子どもはすぐに英語が話せるもの、と思われがちですが、深刻な場合、大人が何気なく発した一言がトラウマの原因になることも。

下手な英語を話すくらいなら話さない方が良い、と思う子も中にはいるのです。

大人も同じですよね(-_-;)

その子にとって最高の舞台を築いてあげるような、そんな気持ちで見守ってあげましょう。

子どもは、脇役(意外にもここ、重要です!)や衣装、舞台装置などが一通り揃って初めてステージの上で輝けるのです(^-^V

その子が、真の意味で、自信をつけた時が、その子にとってのベスト・タイミング。

どんな子どもにもベストなタイミングがある。

それは、その子が最も輝ける、その子にしか分からない

ベスト・タイミング☆彡

「母語ファースト」&「リーディング・ファースト」

鳥飼玖美子著 『子どもの英語にどう向き合うか』

書店で何気なく手に取り、たまたま購入した1冊でしたが、

日頃から心掛けている「母語ファースト」「リーディング・ファースト」の実践を裏付けてくれるような、そんな嬉しい内容の本でした。

母語の重要性は、このブログでも度々触れていますが、

鳥飼先生は日本の英語教育史を辿り、幕末のジョン万次郎と当時の通詞(つうじ)たちの英語を比較し、母語が果たした役割と英語の読み書きにおける徹底的な違いがあったという記述が、とても印象的でした。

若くしてアメリカに長期滞在し「英語漬け」の生活を送り、英語は流暢に話せたものの、「高度な」「正しい」文章は書けなかったとされるジョン万次郎。

一方、通訳・翻訳・通商事務などに精通していた通詞たちは、外交の場で活躍し、開国の危機を乗り越え、陰で日本の近代化に貢献した役人たち。

日本国内で地道に外国語の読み書きを行い、その英語力は外国人でさえ絶賛したと言う。

さらに、明治時代の津田梅子らの例は、今の子どもたちにも通じるものがあり、他人事とは思えません。

津田塾大を創設したことで知られる津田梅子は、当時の英語の達人の一人でしたが、アメリカから帰国後は、家族と話をする時にも通訳が必要なほど日本語に不自由したようです。

鳥飼先生曰く、母語獲得は「人間として言葉を使う土台を作る」ことであり、「英語の土台を作ることは、母語である日本語の学びが不可欠」と指摘しています。

特に最近の日本における英語教育が会話中心に傾倒し、日本語を使用しない指導にこだわることは、英語のインプットを増やすという利点は認めつつも、

「コミュニケーション重視の外国語習得を正しく理解していない」と述べ、その上で、コミュニケーションと称し、話すことを中心に時間を割き、

「読み書きは関係ないという誤解がすっかり定着している」と危機感をあらわにし、読む・書くといった技能は、英語力の要であると位置付けています。

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日々、英語を教える中で、私自身が根底に感じていたことと合致し、背中を押してもらえたような、そんな内容でした。

先生は基本的に、日本で育つ子どもたちの英語教育を中心に書いていますが、

ここシンガポールでは、日本人学校に通う子どもたちでさえも、英語は外国語ではなく、第二言語であり、生活に密着しています。

一方、インター校生にとっては、英語が第二言語であっても、英語を母語とする子どもたちと一緒に、同じ授業を受けます。

こうした海外で生活する子どもたちにとっては、日本で育つ子よりも、母語がさらに大事になり、英語と母語のバランスは一層、切実な問題であると認識し、より真剣に捉えていく必要があるでしょう。

普段、英語を教えながら感じていたことを代弁してくれているかのような内容に励まされる思いでした。

これからも「母語ファースト」「リーディングファースト」で

子どもの世界を豊かなものに♡

【ノーベル賞ウィーク】基礎研究とバイリンガル教育

今年も、日本人のノーベル賞受賞が決まりましたね☆

今回、医学・生理学賞を受賞された本庶先生もそうですが、ここ最近、基礎研究の重要性を訴える研究者が目立ちますが、

バイリンガル教育と共通するものがあるなぁと思って聞いています。

実用性ばかり追い求めてしまっては、基礎研究は、なかなか進みません。

私自身バイリンガル教育を専門としていますが、

残念ながら、日本人の間では知名度が低く、理解も浸透しておらず、

ただ安易にバイリンガルを育成する教育 (^-^;

という少々短絡的なイメージや

他の英語教授法との区別を認識しにくいなど、誤解を招く場合も多々あります。

一概にバイリンガル教育といっても、様々な手法がありますし、

定義も一定ではなかったりするのですが、

私が仕事上、最も重視しているバイリンガル教育の概念は、

何よりも子どもの母語を元に第二言語の習得を目指す、という点です。

バイリンガル教育といえば、カナダのケースが成功例として良く取り上げられますが、

バイリンガル教育の中でも、特にイマージョン (immersion) という方法での成功例ですね。

一方、アメリカのバイリンガル教育は、国の移民政策にいつも大きく左右されてきました(-_-;)

英語ができない移民の子どもたちの教育に、敢えて母語を使うかどうか?というのが論争の中心なのですが、

バイリンガル教育の支持・不支持においては、その時々のアメリカの政権とその移民政策に対する考え方が、常に影響してきました。

カリフォルニア州では、1986年に早々に、バイリンガル教育は廃止に追い込まれました。

一体、何故なのか?

それは、すぐに結果が出ないから(・・;)なのです。

その後、政権が変わる度に復活するのですが、また政策転換により、またも廃止。

この繰り返しで、一番の被害者は子どもたちですよね(-_-;)

子どもに英語で英語を教えた方が、大人は目に見える形で「期待した結果」を実感しやすいのですが、

長期的に考えた際、二つの言語を同じように操れるようになるのは、母語を通して英語を身につけた場合なのですが、

二言語を扱うため、どうしても結果が「見える」までにはある程度の時間を要します。

私自身、一連の理論も学んできていますが、自分自身を実験台に、経験・体感してきていることなので、疑いの余地がありません。

どんな語学教育も、根底にあるのは、母語がどれだけしっかりしているか、です。

即効性や効率性が謳われる世の中ですが、ノーベル賞受賞者が力説するように、長期的に見ると、基礎固めが何よりも根本ですね。

基礎研究の重要性を語るノーベル賞受賞者の言葉に、

思わずバイリンガル教育に通じるものを見出してしまいました☆彡

平和は身近なところから

9月21日は、国際平和デーだそうです。

一日だけでも停戦する。

非暴力と敵対行為の停止を人々に呼びかける、

国連が定めた記念日。

「一日だけでも停戦しよう」

「一日だけでも平和な世界でいよう」

そんな思いから一人のイギリス人俳優ジェレミー・ギリから始まった動き。

国連の記念日と制定されてから17年ですが、

今でも世界のどこかで紛争が起きており、実現できそうで何故か実現できていない現状。

そこに込められた思いに共感しつつも、

世界平和が実現していない現状だからこそ

その大切さが心に響く、ということも重く受け止めなければならない現実ですね。

結局のところ、実は平和は身近なところから始まり、

身近な平和が世界平和へと波及していくのであれば、

身近なところが平和でなければ、世界平和も到底、難しい。

小さい頃から英語に触れて育つということは、それだけ世界を身近に感じながら、子どもたちは成長します。

私たちの世界は、今後、どれだけのジェレミー・ギリを果たして輩出していけるでしょうか?

世界中、こんな光景が毎日、当然のように訪れる持続可能な未来を。

真のエンリッチメントとは?

海外のインター校に通うお子さんは、学校では英語、そして家では日本語を使用する、というケースが圧倒的多数ではないかと思います。

ご家庭では英語ではなく、日本語を使用することは子どもの母語教育やアイデンティテイー形成にとても重要なことですが、その場合でも、家庭内に英語の本を置いておくのは大切だと痛切に感じます。

私はブラジルで育ち、ローカル校に通ったので、学校ではポルトガル語、家では日本語という環境でした。

今、振り返ってみると、親は言葉ができなかったので当然ではありますが、家には殆どポルトガル語の本がなかったなぁと思い出します。

そうすると、言語環境の全く違うこの二つの世界が完全に分断されてしまうのですね。

学校と家庭をつなぐものがなく、二つの環境が断絶してしまいます。

同じ言語でつながっていないため、学校で家のことをシェアするのも難しいし、家で学校のことを日本語で話すのも面倒になってしまう(^o^;)

そこで、この二つのパイプ役を果たすのが、学校の使用言語の本の存在なのです(^∇^)

英語の本を数冊、手元に置いておくだけでも、それが学校と家庭の橋渡しになります。

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私はノルウェーとシンガポールで、大学の脳神経の研究室で働いていましたが、ネズミにも「エンリッチメント」と称して、オモチャやネズミを刺激するものを与えたりします。

環境エンリッチメントと脳神経細胞の増加を実証した論文は多数あり、豊かな環境が、脳の活動や記憶力にどう影響するか、という実験を行う研究もあります。

そうした実験では、普段よりも大きめのケージを用意し、Enrichment (エンリッチメント)と称し、ネズミの活動を活発化させるであろう物を揃えます。

まさに、環境を「リッチ」にしてあげるのですね。

コロコロ転がるボールを入れたり、隠れて遊べるトンネルなど、エンリッチメントとなる道具を数個、そして種類も幾つか用意されます。

近年、運動と記憶に関する研究も盛んですが、ケージ内にランニング・ホイールを入れてあげると、ネズミは実際に良く走ります。

私たちに置き換えた場合、子どもの知的好奇心を満たしてあげる活動も、重要なエンリッチメントですね。

オモチャだったり、絵本だったり、更には、子どもが外へお出掛けしたり、お友達と一緒に遊んだり、全てが子どもの成長に影響するエンリッチメントです。

ないよりは、あった方がもちろん良いですが、量が必ずしも質につながるものでもありません。

生まれたばかりのネズミは走れないので、ケージにランニング・ホイールを入れても意味がないのと同じですね(・_・;)

ノルウェーでは、ネズミにレゴブロックをあげていましたが、シンガポールでは、ケージにティッシュのような柔らかい紙を入れていました。

ネズミは、隠れたり、物を噛み千切る習性があるので、紙の影に隠れたり、小さく千切って上手にフワフワの巣を作ったりします。

子どもに英語の本をたくさん与える過程で、情報収集したり、親にも気づきがあって、そのプロセスを丁寧に踏んでいくことが、それぞれのご家庭に合ったベストなエンリッチメントが見つかり、子どもの豊かなリーディング環境を構築していくことになるのではないでしょうか。

フォニックス vs. ホール・ランゲージ

最近、日本人の間でもフォニックスの認知度が高まってきたなぁと驚くことがあります。

20年前、アメリカでフォニックスに出会った頃は、アメリカの子どもが英語の読み書きを覚えるための指導方法というイメージが強かったため、

その後、日本でも流行り、外国人が英語を習う際にも活用できる学習方法になるとは、正直なところ、想像できませんでした。

当時のアメリカは、「リーディング改革」の最前線で、フォニックス VS. ホール・ランゲージ・アプローチという論点で、留学中、たくさんの講義で議論されていました。

学力偏重への回帰の中、フォニックスがちょうどスポットライトを浴びており、「目に見える」形でリーディング力をつけるには、とても良いツールだったのでしょう。

そのフォニックスに対抗して現れたのがホール・ランゲージ・アプローチ。

一つひとつの単語を断片的に見るフォニックスに対して、まさに、言語(ランゲージ)を全体(ホール)として見るアプローチです。

フォニックスが、リーディングの「テクニック」として捉えられる一方、ホール・ランゲージは、リーディングの根底にあるのは、本や文章を真に楽しむ、というもう少し大きな視点で、全体の意味に焦点を当て、「生きた言葉」の存在を大事にします。

個人的には、両方必要だと実感しています。

当時は、フォニックス派、ホールランゲージ派がそれぞれ主張していましたが、最近、そういう議論をあまり聞かなくなってきたのは、落ち着くべきところに落ち着いたのではないかと考えています。

どちらか一方ではなく、両方のバランスが必要で、様々なリーディング・プログラムが多数存在する中、違いはそれぞれの比重にあるのではないかと感じています。

ブログでリーダーズと絵本の違いに触れたことがありますが、フォニックスの延長線上にあるのがリーダーズで、ホールランゲージ論者が、まず子どもに与えるのは絵本、ということになるのではないでしょうか。

だからこそ、リーダーズは読み聞かせに向きませんし、絵本でフォニックスを教えるのも適切ではありません。

リーダーズで読み聞かせはNG

こう考えると、使用目的の違いがよりハッキリと見えてきますねo(^▽^)o

フォニックスにしても、ホールランゲージにしても、大人が子どもにできる最大のことは、たくさんの本を与えてあげることなのでは?

生きた英語 VS. 正しい英語

英検5級の問題集に掲載された問題です。

(        ) is the weather in Tokyo today? – It’s rainy.

1 When       2 What       3 Where       4 How

正解はどれでしょう?

日本で英語を学習している人であれば、恐らくほぼ皆さん4のHow と答えるでしょう。

一方、日本人小学校の生徒さんは2のWhat と解答しました。

「学校では、先生はいつもそう言ってる」と彼は話すのです。

そう。実は、2も正解なのです(・_・;)

以前、グロービッシュ(グローバル・イングリッシュの略)について書いたことがありますが、この問題が、まさにグロービッシュなのです。

グロービッシュをご存知ですか?

英検の問題は、正解が一つしかないので、それでは果たして、どちらが正解なのか?

What is the weather today? という言い方は確かに聞きますし、必ずしも正しくないわけではありません。

意味も十分に通じますし、特に違和感のある表現でもありません。

ただ、ここで注目すべきは、これが英検の問題である、ということです。

英検が求めている答えはどれか?と考えると、日本の学校ではHow is the weather? の用法を教えるので、ここで求められている答えは4ですね。

決して納得はしていないが、納得せざるを得ない生徒さん(・_・;)

今や英語を母語とするネイティブ・スピーカーを上回るグロービッシュ人口。

何が正しいのか境界線がどんどん曖昧になってくると、テスト作りにも影響を及ぼしかねません。

これは、あくまでも問題集に載っていた練習問題であって、英検の公式問題ではありませんが、

このグローバル社会で、英語を使いながら育つ子どもたちに混乱も引き起こします。

でも、そこがグロービッシュの課題でもあり、

国際語としての魅力でもあるのでしょう。

プレイグラウンド・イングリッシュで終わらせないために

第二言語習得に、母語の基礎が重要であることは、以前、ブログで書いたことがあります。

母語の重要性を強調するのは、やはり英語は母語以上のレベルにはならないからです。

母語がしっかりしていれば、英語もそれに比例して、上達します。

逆に、英語に力を入れるあまり、母語が停滞してしまうと、残念ながら、英語もそれ以上は伸びない、ということになってしまいます。

一番リスクが大きいのは、両言語がどちらも中途半端になってしまうことです。

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

よくテレビで、帰国子女のアナウンサーの英語を聞いていて、厳しいようですが、「いつも同じようなコメント」「表現力に幅がない」という意見をもってしまうのは、高校までアメリカにいたのであれば、英語も高校レベルでストップしてしまうからなのです。

その後、意識して勉強しない限り、英語もそこ止まりになってしまいます。

意外にシビアですよね(・_・;)

お子さんがインター校に通い始め、自然と英語を身につけてくる場合、保護者の方はご自身以上に英語ができる子を見て満足してしまいがちですが、その英語力がPlayground English(お友達と遊ぶための手段としての英語)で終わってしまわないためにも、アカデミックな面で英語をどれだけ使えているか、というのが大事になってきます。

ある意味、プレイグラウンド・イングリッシュは誰でも簡単に身につきますが、アカデミック・イングリッシュは、コツコツと毎日の積み重ねの結果です。

英語を意外と簡単に、自然と話せるようになると、それを持続して使わない限り、脳の発達段階ですぐに忘れてしまうので、特に小さなお子さんは要注意です。

反対に、時間をかけて努力して習得した英語力は、いつまで経っても残るものです。

せっかくの海外生活、Playground English の域を出ないのは、何とももったいないことです。

語学力を身に付けるのに近道はありませんが、毎日コツコツ意識して学習することが、長期的に考えた場合、一生の財産になります。

ご帰国後も、大人になってからも、ご自身の英語力を客観視してみることが、英語をさらにレベルアップさせ、それを維持していくための発動力になるのかもしれません。

TCK人口

最近、学校で先生の紹介を聞いていると、「私もTCKです。」と自己紹介する教師が多いなぁという印象を受けます。

Third Culture Kids(サード・カルチャー・キッズ)の略で、両親の国でもなく、育った国の文化でもない、独自の「第3の文化」と呼ばれる環境で成長した子どもという意味ですが、20数年前、大学で異文化間教育学を学んでいた頃、そういう概念はあったものの、当時は必ずしもTCKという呼び方はしていませんでした。

TCKという名称は最近、本当に良く耳にするのは、そういう人がそれだけ増えてきたということですが、TCK人口が、増えれば増えるほど、TCKという概念すら当たり前すぎて、そういう言葉自体、そのうち死語になるかもしれませんね(*^▽^*)

TCKは、親子間でも全く違う経験をするので、親の「常識」が子どもの常識として通用しないことも多々あります。

私は南米のブラジルで育ったのですが、小学生の頃、父に「オーストラリアって、どこにあるの?」と聞いたことがありました。

その時、父に「オーストラリアも知らないのか。アフリカと南米の間にあるじゃないか」と言われたのですが、

ブラジルで育った私が学校で見慣れている地図はこちら↓

父の説明に、私は、当然「???」です。

「私の地図」には、アフリカと南米の間に、国は存在しないので、地図では見えないくらい、オーストラリアってずいぶんと小さな国なのだなぁと、的外れなことを思った記憶があります(^▽^;)

南米や北米では、アメリカ大陸が中心の地図が主流なのですね(*^▽^*)

今となっては笑い話ですが、TCKと呼ばれる子どもが増えるということは、常識というものはないと考えた方が良いですね。

今のグローバル社会、昨日の常識が今日の常識ではない、ということすらあってもおかしくない。

TCK人口の増加がもたらすもの。

それは、やはりグローバル・マインドが持てるかどうか。

そういうメンタリティーが、今後、ますます問われてきそうですね。

経験に勝るものは、ありません(*^▽^*)

今のTCKには、とにかく沢山のことを経験してもらい、それがグローバル・マインド育成の原動力になっていくのでしょうね★