私の9.11②

火曜日に起きたニューヨーク同時多発テロ事件を受け、水曜日と木曜日は、ニューヨーク市内の学校が全校休校となりましたが、

金曜日には、開校できる学校は授業を再開しました。

学校に戻った子どもたちの様子で印象的だったのは、連日の報道で、大変な事件が起こったことが何となく分かる子どもがいる一方で、

2日間なぜ休校だったのか良く分かっていない子どももいた、という両極端だったこと。

中には、「犯人はアラジンらしいよ」という子もあせる

私たち教員は学校のスクールカウンセラーの指導を受けていたものの、

新米教師だった私は、子どもたちの心のケアまでフォローしてあげられなかった。

これをきっかけに、体調不良を訴える子や、夜眠れない子が出てきていたが、

子どもたちとは直接関係のないところで起きている出来事が、どう子どもの内面に影響を及ぼすのか、というところまで寄り添ってあげられなかったことが悔やまれる。

当時、小学校低学年だった子どもたちも、17年経った今、社会に出ている子もいるでしょう。

今頃、どこで何をしているのだろう?

幼少期をマンハッタンのアッパーイーストサイドで過ごした子どもたちの親は、かなりの社会的ステータスのある人も多く、

こうした経験を経て大人になった子どもたちが切り開いていく未来に期待の念を抱くのは、私だけではないはず。

毎年この時期には、今後、未来を担っていくであろう当時の子どもたちに静かに思いを馳せる。

私の9.11

今日は火曜日ですが、17年前の今日も、忘れもしない新学期2日目の火曜日でした。

マンハッタンのアッパー・イースト・サイドの小さな小学校で働いていたのですが、

「何か、変・・・」と最初に思ったのは、さっき子どもたちが登校してきたばかりなのに、もう子どもを迎えに来たというお父さんが、学校の玄関に現われた時。

自宅で仕事をしているお父さんだったので、それ自体は疑問に思わなかったのですが、子どもを引き渡す際、一言も口にせず、足早に去って行った姿に「どうしたのだろう・・・」と不思議に思いました。

そして教室に戻ろうと廊下で同僚とすれ違った時、「テルヨ、聞いた?」と声をかけられたのでした。

「何を?」と聞き返すと、その先生が「ペンタゴンが襲撃されたらしい」と言うのです。

そして「あっ、それと、ワールドトレードセンターでなんか事故があったみたい」と彼女がついでに付け加えたのでした。

そう。私たちにとって第一報は、アメリカ国防総省のペンタゴンが大変なことになっているらしい、ということだったのです。

当時の勤務先にテレビはなく、17年前なので、当然YouTubeも・・・。

あまり情報が入らない中、学校の入り口は、次々と子どもたちを迎えに来る保護者でごった返す。

私のクラスの子どもたちは、お昼の12時頃には全員、親が迎えに来ていましたが、中には、様々な事情から、学校に夕方まで残っていた子もいました。

その後、緊急のスタッフ・ミーティングがあり、学校を出たのは午後2時過ぎだったでしょうか。

一歩外へ出てみると、そこはマンハッタンとは思えないほどの不自然な静けさ・・・。

普段はタクシーに、バスやトラックで混雑する大通りに車は一台もなく、道路を歩いてる人はまばらで、しかも話し声が全く聞こえない。

あんなにも静まり返ったマンハッタンの光景を目の当たりにしたのは、後にも先にもない。

当時、地下鉄とバスを乗り継いで通勤していたのですが、普段バスに乗る距離は歩き、地下鉄に乗る区間は、満員のバスにかろうじて乗ることができました。

やっとの思いで帰宅し、まずメールをチェックしようとパソコンの電源を入れた瞬間、

大量のメールが受信トレイに!

電話が通じない中、家族やたくさんの友人が心配してくれていたカゼ

膨大なメールの量に圧倒され、これは、私が想像している以上に、世界中が注目している大惨事だと痛感し、夕方4時頃だったか、テレビを付けて初めて衝撃の映像を見た。

あれから17年。

世界はどう変わっただろう。

自然災害も多い中、結束力が強まる一方、社会の分断も深まっています。

21世紀の幕開けで起きたこのニューヨーク同時多発テロ事件をきっかけに、その後も世界では、安全・安心、絆が脅かされる時代へ突入。

この間に起きた様々な出来事の教訓を、私たちは果たして生かしているでしょうか?

「母語」と「ハーフ」

大学在学中に、今は亡き恩師に「母国語」と「母語」の違いを尋ねたことがあります。

すると、当時、教授は、「母国語は、もはや死語だね」(・_・;)と話していたことを思い出します。

このグローバル化社会の中、国の公用語以外の言語を母語として話す人は、沢山いますし、1国家1言語という縮図の方がむしろ稀。

なのに何故か、「母国語」という言葉を未だに耳にすることがあり、その度に「死語」になっていないなぁと苦笑してしまいます(;^_^A

そして同じ頃、当時、研究室に在籍していたアメリカ人の先輩が「ハーフの子どものアイデンティティー」というテーマで修士論文をまとめていました。

彼曰く、「ハーフ」と呼ばれる子どもたちは、二つの文化的価値観を身につけているので、本来「ハーフ」ではなく「ダブル」と呼ぶべきではないかという提唱でした。

ただ、20数年経った今、こちらはもっと定着していない感じがあります(・・;)

しかし!!

先日、テレビを見ていたら、19年ぶりに音楽活動を本格化させた小沢健二さんが出演されていたのですが、ご自身のお子さんを「ダブル」と呼んでいたのですo(〃^▽^〃)o

大学卒業後、初めて聞きました(≧▽≦)

人々の価値観というのは、社会の変化と共に少しずつしか変わらないけれど、グローバル化が更に進めば、こうした価値観も「外から与えられたもの」から「自分で実際に経験し、内から変わっていくもの」へと一変し、そしてそれがいつの間にか普遍的なものとして意識されるようになっていくのでしょうね。

とすると、価値観の多様化が進めば進むほど、今後は変化の速度も更に速いですね。:.゚ヽ(´∀`。)ノ゚.:。+゚

20年前は一部の間でしかシェアされていなかった考え方が、今やインターネットやSNSを通じて拡散がどんどんスピードアップされるので、ある程度、影響力のある人が一旦発信すると、「一部の人の意見」が、瞬く間に「大多数の意見」として浸透していくo(^-^)o

今回の小沢健二の「ダブル」も果たしてそうなるのか?!

(↑個人的な期待も込めて☆)

ちなみに、この「ハーフ」という表現ですが、英語では意外にもネガティブな印象はありません。

ただの「数字」というイメージしかないですね。

実際、ハーフだけでなく、「私は4分の1は、日本人」という意味でquarter(クォーター)という言い方もしますので≧(´▽`)≦

私たちは、普段、無意識に「母国語」や「ハーフ」という言葉を発していますが、海外で育つ子どものアイデンティティー形成上、とても重要な概念です。

少し意識してみる価値があるかもしれませんね♪