レッスンは生きもの②~Teachable Momentを見逃さない~

レッスンは生きものだなぁと思うのは、やはりそこに人間同士の関係があることと、そして教師としては「今日はこれを教える」という計画があるので、そこが複雑に絡んでくるのですよね。

教師が感情をもった人間であるのと同じように、生徒にだって気が乗らない時だってあります。

ただ、教師として、それを無視するわけでもなく、不必要にそこに囚われ、それに付き合うわけでもなく、むしろ上手にリセットし、その場のバランスを整えてあげるのが大人の役割かなぁと思います。

例えば、幼児さんにとって、45分間ずっとイスに座っていることは大変なことだったりします。

そんな時、何かの拍子で、私がたまたま持っていた蛍光ペンに生徒が反応した場合、自分の鉛筆ではなく、今日はそのペンを使いたいと言われたら、それでその子が気持ち良くレッスンを受けられるのであれば、ペンで書いてみるのも手です。

一方、学校で起きた出来事等が原因で落ち込んでいる子が、どうしてもレッスンに身が入らないという日には、そんな時に備えて、子どもの興味を引きそうな本をバッグに常に忍ばせておく。

最近では、そうした心構えで、生徒と接するようになりました。

英語で、Teachable Moment という表現があるのですが、有意義な学習に移行する決定的瞬間、とでも言うのでしょうか?

単なる小さな好奇心が決定的な学習へと変わる瞬間ってありますよね?

いつ現れるか分からないこの大切な瞬間を逃さないためにも、感情に支配されて流れてしまうレッスンは、教える側、教わる側、双方に非常にもったいないなぁと感じます。

週1回45分なり、60分、という限られた時間内のレッスンをより建設的なものにするためだったら、それもありなのでは?というドラえもんのポケット的な要素があると、お互い楽ですね。

昔は、それは教師にとっても、子どもにとっても、一種の「逃げ」のような気がしていました。

でも、大人にだって感情のコントロールって難しい時があるのだから、それを子どもに強いるのは、当然もっと難しいことですよね。

その感情を否定することなく、建設的に捉え方を少しだけ変えてみる。

私自身、母親業を通して、そうした切り替えが重要かな、と今は柔軟に思えるようになり、できるだけ余裕を持って生徒と接することを何よりも心がけています。

もちろん子どもの感情を軽視するわけではなく、大人として、それを上手に方向性を変えてあげることを提示してあげるには、洞察力も問われてきます。

しかも、感情を上手く方向転換させる方法というのは、大人になってからも、付きまとう課題。

それを少し先回りして生徒さんに示し、調整の方向に導いてあげられるのも、その子を普段からよく観察してあげることが必須ですね。

子どもにとっては、時間をかけて身につけていく必要なスキルですし、

大人になってからも問われる資質が鍛えられるこの側面、長い目で見れば、レッスン内容以上に大切な気がする時があります。

それは、ある意味、お弁当に彩りを添えるのと似ている。

一見、不要な努力に見えるけど、この一手間が全体のバランスを整える(^^♪

 

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レッスンは生きもの~リーディング編~

英語の精読とワーキングメモリー

前回、英語の多読と精読について触れました。

英語の多読と精読をバランス良く

記事で、下記の方法もご紹介しましたが、

①本を読み進める中、分からない単語に下線を引く

②分からない単語の意味をまとめて辞書で引く

③レッスンで意味の確認、文脈を理解

④意味を覚えているか、単語の確認

ただ・・・

この通りに進めたら、

英語がたくさん読めるようになる!!

単語もすぐに覚えられる!!

というものではありません。

特に、覚える英単語が多数ある場合、これを一通り数回行っただけで、すぐに効果が出るものではありません(・・;)

何回も繰り返す必要があるのですが、

それでは、子どもが一連の学習の流れを繰り返し行う際、実際、脳ではどのようなことが起きているのでしょうか?

学習記憶の中には、ワーキングメモリー(作業記憶)と呼ばれる高次の脳機能があります。

このワーキングメモリーですが、容量に限度があるため、一度にたくさんのことを行おうとすると、負担がかかります(・・;)

例えば、上記の一連の作業ですが、

①では、本を読み進めるという情報処理にワーキングメモリーの大半が使われてしまっているので、新しい単語を覚える余裕はありません。

②の場合、ワーキングメモリーは辞書を引いて意味を調べるという作業に充てられます。

③の作業時は、単語の意味を理解するためにワーキングメモリーが使われ、

④←ここにきて、初めて、知らない単語を覚えるという作業にワーキングメモリーが充てられることになります。

ワーキングメモリーの研究では、radial arm maze(放射状迷路)と呼ばれる実験装置が用いられることがあります。

放射状に伸びたアーム(腕)の先に餌を置き、ネズミがそれを探し当てる実験です。

例えば、練習用のサンプル・テストで、餌のあるアームの位置を覚えたネズミが、実際の実験では、別のアーム(反対側のアームだったり、隣のアームだったり)に餌があることを理解しないといけない実験を行った場合、

ネズミは最初、サンプル・テストで餌のあったアームに先ず行ってしまいますが、最初の位置とは別のアームに餌があるということを学習していき、繰り返し課題を行うことにより、最終的には正解率も上がっていき、正しいアームに辿り着く速さも早くなっていきます。

この時、最初のアームに行こうと一旦、足を踏み入れるのですが、引き返して、正解のアームへ向かう、ということが途中、見られることがあります。

すぐには覚えられなくても、何かがきっかけとなり、正しい方へ進む、というこの途中経過が、英語学習にも重要だなぁと感じます(^▽^)

先述の①~④の学習プロセスを考えても、これを一回一通り行うだけで単語の意味を覚えようとするとワーキングメモリーにとっては、多大な負担です(^-^;

そのため、単語の意味を効率良く処理するには、少しずつワーキングメモリーの負荷を減らしていくことが必要です。

単語帳を見て一回で意味を覚えることはできませんので、思い出すためのきっかけを作ってあげてみる(^▽^)

記憶が刺激されるような関連付けですね☆

生徒さんとは、実際のレッスンで、こんなことを試しています。

単語帳の中で、なかなか覚えられない英単語を選び、その単語が載っている本の中に、直接、意味を思い出すためのヒントとなるような絵を描いてみるのです。

そうすることによって、次に単語帳でまた同じ単語を見かけ、意味を覚えていない場合、本を開いてヒントを見た瞬間、その意味を思い出す、ということがあります☆彡

ヒントを書き込んだり、ヒントを繰り返し目にしたり、ヒントを頭の中で思い出してみることが、意味を覚えるきっかけとなり、さらにその間、いくつかステップを置くことにより、それぞれのワーキングメモリーの負荷を減らすことができ、

最終的には、意味を覚えるというワーキングメモリーが強化されます。

案外、子どもは、どんな絵を描こうかと、工夫を凝らし、ゲーム感覚で取り組んだりします。

新しい単語を思い出そうとするプロセスは、ヒントを本に書き込むところから、もうすでに始まってるのですね(^▽^)v

何をヒントとして描いたら自分が思い出せるか、ということを考えながら描くわけですから。

一つ一つの小さなプロセスを大事にしていくことが、最終的にはワーキングメモリーを効率良く使い、更に記憶を強化することに繋がります。

実際に、この作業が「類義語」を意識するきっかけとなり、生徒さん自身が様々な単語を頭の中で、自分で意味づけする方向へと進んだり、似たような内容の本と自然に関連付けるようになるなど、学習の相乗効果という嬉しい副産物も生まれています。

これは、広い意味でのマインド・マップと呼ばれるものです。

語彙を増やす作業は、意味を覚えるまでの引き出しを

たくさん作ってあげるような、そんなプロセスですね

 

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真のエンリッチメントとは?

英語の多読と精読をバランス良く

日本でも、海外でも、多読を推奨する読書法が近年、目立ちますね。

インター校でも、小学校低学年のうちは、子どもにたくさんの本に触れさせ、読書の楽しさを学んでいきます。多読ですね(^▽^)v

一方、高学年になると、Book Club と称し、少人数のグループで共通の1冊を読み込んでいきます。

物語をじっくり読む過程を通して、作品の魅力や重要な点を確認していくことになります。精読ですね(^▽^)

どちらにしても、子どもが読書を楽しいものとして捉えることが一番ですが、そのためには、まず多読のきっかけを作ってあげることが第一ですね。

お友達が読んでいたから、というのが理由だったり、または学校の先生に勧められたから、というところから、本を手に取る子もいるでしょう。

1冊読んでみて、続きを読みたい!となれば良いのですが、子ども自身が英語というものに苦手意識を持ってしまい、最初からハードルを上げてしまってるケースもあり、楽しめる本がなかなか見つからない、ということもあります (-_-;)

しかし、これは大抵の場合、食わず嫌いだったりしますので、その子の英語力に沿ったレベルや、子どもの興味に合った本を選んであげれば、すんなりと「おもしろい!」「もっと読みたい!」モードになるものなので、この点は意外とすぐに解決してしまう問題です (^-^

分からない単語があっても先に読み進め、内容を完璧に理解しなくても一人で読み終えた!という達成感は子どもの自信につながり、次は何を読もう?という気にさせてくれます。

多読で、ここまで読書の習慣が身についてきたら、次は精読の課題に目を向けてみましょう。

本をどんどん読み進めるというスキルは、初めのうちは大事ですが、英語の活字に慣れてきたら、知らない単語をしっかり調べて、語彙力をつけるようにしたいですね。

生徒さんと実践している方法としては、多読の一環として、宿題で本を読み進めてもらい、分からない単語があったら、下線を引いておく。

次に、線を引いておいた単語の意味をまとめて調べ、単語帳やノートに書いておく。

これはアナログなやり方ですが、もちろんパソコン等に自分でまとめる方法もありますが、

年齢が低いうちは、単語の意味を調べる回数が増えれば増えるほど、単語帳も増えていくので、目に見える形で子どものモチベーションもキープできます ^_^v

その際、どの単語がどの本の何ページに載っていたかという情報も、合わせて記しておくと、後で探しやすいです( ´∀` )v

ただ、ここで意味を調べておしまい!にしても身につきませんので、レッスンでその辺をフォローし、言葉の使い方や文法構造なども理解しながら、その文脈で意味を確認していきます。

そして更なる宿題として、生徒さんにはあとでその単語帳を見直してもらいます。

単語だけを見て、意味を思い出せるか、という自主的な学習です。

子どもは、一度にたくさんの単語は覚えられませんが (^▽^;)

下記①~④の一連の作業を通じて、

①本を読み進めていく過程で、知らない単語に下線を引く

②単語の意味調べ

③レッスンでの意味・用法の確認

④意味を覚えているかの見直し

子どもは新しい単語を、各場面を通して、合計でそれぞれ最低4回は目にすることになります。

同じ言葉に触れる回数を増やし、語彙力を確実に上げていく(^^♪

こうして多読と同時に精読も平行して行うと、一層の英語力が身についていきますね。

リーディングで培ったスキルが、他教科の学習にも相乗効果があったりするものですが、それが英語であっても日本語であっても、本を読むというのは一生のスキルであり、それが大人になってからも趣味につながったりして、最終的には、その子の今後の生活をも豊かにしてくれる、そんな基本的なツールですね☆彡

 

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英語の習熟度は意外と伝わってしまう~表現力を磨こう~

最近、若い子の間で「やばい」という言葉が乱用されますが、そうした表現に対する意識や思いは、人それぞれだと思います。

同様に、ビジネス・シーンでの何気ない英語の会話や、保護者会など、不特定多数と接する中で繰り広げられる、とっさの英会話を聞いていて違和感を覚えることがあります。

例えば、初対面なのに馴れ馴れしい印象を与えてしまったり、ビジネスに関わらずカジュアルすぎる、といった場面等ですね。

日本語だったら、その微妙な違いに気付けるのに、英語だと、話すことで精一杯だったり、そこまで注意して言葉を選ぶことが少ないため、このようなチグハグな状況を生んでしまい、相手に与える印象が、意図しないところで、相反するものになりかねません。

大人になると、それを指摘してくれる人もいないので、気付かずに過ごしてしまう人も多いと思います。

メインの商談さえ上手くいけば、その前後のスモール・トークは、あまり関係ない、と割り切っているビジネスマンもいることでしょう。

それでも、極端な話、何気ない発言がパワハラやセクハラに当たったり、そのつもりはないのに周囲に不快な思いをさせることがあるのであれば、表現の幅を広げていくのは、自身のためでもあるのではないでしょうか。

逆に、むやみに丁寧すぎるのもどうかと感じますが、丁寧すぎて苦笑される方がデメリットも少ないですよね (^-^;

英語がある程度できるようになると、自分の英語力を過信してしまい、更にステップアップも目指さないようになってしまいますが、英語の習熟度は意外と会話の中で伝わってしまうものです。

発する言葉は、まさにその人自身のエネルギーを表すものなので、外国語であっても、微妙な言い回しをさらに深く考えてみる、言葉が本来持つ意味までも大切にする、シーン別に適した表現に少し慎重になってみる、状況にふさわしい英語に敏感になる等、少し意識するだけで相手にもたらすイメージは、想像以上に左右されます。

周りの人も使っているから、という表面的なものではなく、自己表現を磨き続けることによる豊かな表現方法は、自己のセルフ・イメージにも影響します。

私たちが日々、自然と用いる言葉を大事にできる人は、自分を大事にしている人です。

最終的には「英語ができる」というレベルを個人がどこに設定するかによって、習熟度に差が出てきますが、その意識の高さが、ちょっとした会話で明確に前面に表れてしまう事実に重きを置いてみても良いかもしれませんね。

 

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言葉のネガティブ度合いを侮らない

ハロウィン月間(=^・^=)

10月ですね🎃

ハロウィン月間ということで、教材もハロウィン仕様に(=^・^=)

色の名前や、形の名前に🍭

Trick or Treat をテーマにしたAntonyms(反対語)のプリントやオバケ

Jack-o’-Lantern モチーフのRhyming(韻を踏んだ単語)のワークシートに、

ハロウィン関連ワードのビンゴゲーム、などなど (^▽^)

 

いつもの学習に、こうした楽しい要素が加わると、

子どものモチベーションも上がりますよね(^^♪

 

HAPPY TRICK OR TREATING !!

 

 

【ノーベル賞ウィーク】カズオ・イシグロ氏のメッセージ

今年は、ノーベル文学賞の発表は見送られましたが、

その分、昨年受賞したカズオ・イシグロ氏の作品の余韻に浸り、さらにそのメッセージ性にいま一度目を向けてみる良い機会なのかもしれませんね。

イシグロ氏は、私たちが今まさに分断された時代の中を生きるからこそ、文学の重要性を語っていますが、

特に2015年に出版されたThe Buried Giant忘れられた巨人』には、不安定で、不確かな世界だからこそ、過去を見つめる勇気とその価値、そしてそこから得た知恵をどう活かしていくか、という深いメッセージが込められています。

イシグロ氏が、文学を、人類として壁をどう乗り越えるかというヒントを与えてくれる手段と位置づけているのは、今の混沌とした世界情勢だからこそ、大きくうなずけるものがあります。

一方、主人公の老夫婦を通して、人間一人ひとりに内在する「触れられたくない過去」に焦点を当て、個々人が、それぞれ棚上げしてきた問題、敢えて蓋をして見ないようにしてきた事柄が、物語の随所に、巧みに描写されています。

一個人として成長していく上で、それらを直視し、それに向き合って初めて気付くことを、どう活かし、より良い未来をどう残していくか、という人間の永遠の課題を巧妙に投げかけてきます。

老夫婦が息子を探しに行く旅は、まさに自分探しの旅であり、人間同士の絆の確認でもあります。

記憶と忘却の狭間で揺れ動く心も、それすらも意図的であると暗示し、人間の本質の奥深さを描き出すイシグロ・ワールド。

国家レベルでも、個人レベルでも、傷を癒すために、人は時に色々な仮面を被りますが、本当の癒しは、自分自身としっかり向き合うことでしか達成できない、というメッセージを突き付けてきます。

本小説は、色々な思いや思い出を呼び起こしますが、何事も本物であれば残り、そうでなければ破壊の一途を辿る、という二極性がとてもシビアで、かつ真実に迫る一冊です。

ある意味、承認欲求やインスタ映えが流行する時代だからこそ、重く心に響く作品ですね。

向き合うかどうかは個人の選択ですが、どれも成長の一プロセスでしかない。

どのような行動にも自分で責任を持ち、世界中で起きている紛争や戦いは、自分たち自身を振り返る材料であり、それをどう活かしていくかは、個々人の行動に委ねられている。

イシグロ氏が表現する文学は、今の社会をそのように俯瞰する視点を提示してくれるものであり、ノーベル賞という形で光が当たったのも、時代の後押しがあってのことでしょう。

どこかに置き去りにしてきてしまった「大きな忘れ物」の存在を思い起こさせてくれる、そんな一石を投じたノーベル賞受賞でしたが、1年経った今も、そのメッセージはとてもパワフル。

【ノーベル賞ウィーク】基礎研究とバイリンガル教育

今年も、日本人のノーベル賞受賞が決まりましたね☆

今回、医学・生理学賞を受賞された本庶先生もそうですが、ここ最近、基礎研究の重要性を訴える研究者が目立ちますが、

バイリンガル教育と共通するものがあるなぁと思って聞いています。

実用性ばかり追い求めてしまっては、基礎研究は、なかなか進みません。

私自身バイリンガル教育を専門としていますが、

残念ながら、日本人の間では知名度が低く、理解も浸透しておらず、

ただ安易にバイリンガルを育成する教育 (^-^;

という少々短絡的なイメージや

他の英語教授法との区別を認識しにくいなど、誤解を招く場合も多々あります。

一概にバイリンガル教育といっても、様々な手法がありますし、

定義も一定ではなかったりするのですが、

私が仕事上、最も重視しているバイリンガル教育の概念は、

何よりも子どもの母語を元に第二言語の習得を目指す、という点です。

バイリンガル教育といえば、カナダのケースが成功例として良く取り上げられますが、

バイリンガル教育の中でも、特にイマージョン (immersion) という方法での成功例ですね。

一方、アメリカのバイリンガル教育は、国の移民政策にいつも大きく左右されてきました(-_-;)

英語ができない移民の子どもたちの教育に、敢えて母語を使うかどうか?というのが論争の中心なのですが、

バイリンガル教育の支持・不支持においては、その時々のアメリカの政権とその移民政策に対する考え方が、常に影響してきました。

カリフォルニア州では、1986年に早々に、バイリンガル教育は廃止に追い込まれました。

一体、何故なのか?

それは、すぐに結果が出ないから(・・;)なのです。

その後、政権が変わる度に復活するのですが、また政策転換により、またも廃止。

この繰り返しで、一番の被害者は子どもたちですよね(-_-;)

子どもに英語で英語を教えた方が、大人は目に見える形で「期待した結果」を実感しやすいのですが、

長期的に考えた際、二つの言語を同じように操れるようになるのは、母語を通して英語を身につけた場合なのですが、

二言語を扱うため、どうしても結果が「見える」までにはある程度の時間を要します。

私自身、一連の理論も学んできていますが、自分自身を実験台に、経験・体感してきていることなので、疑いの余地がありません。

どんな語学教育も、根底にあるのは、母語がどれだけしっかりしているか、です。

即効性や効率性が謳われる世の中ですが、ノーベル賞受賞者が力説するように、長期的に見ると、基礎固めが何よりも根本ですね。

基礎研究の重要性を語るノーベル賞受賞者の言葉に、

思わずバイリンガル教育に通じるものを見出してしまいました☆彡

平和は身近なところから

9月21日は、国際平和デーだそうです。

一日だけでも停戦する。

非暴力と敵対行為の停止を人々に呼びかける、

国連が定めた記念日。

「一日だけでも停戦しよう」

「一日だけでも平和な世界でいよう」

そんな思いから一人のイギリス人俳優ジェレミー・ギリから始まった動き。

国連の記念日と制定されてから17年ですが、

今でも世界のどこかで紛争が起きており、実現できそうで何故か実現できていない現状。

そこに込められた思いに共感しつつも、

世界平和が実現していない現状だからこそ

その大切さが心に響く、ということも重く受け止めなければならない現実ですね。

結局のところ、実は平和は身近なところから始まり、

身近な平和が世界平和へと波及していくのであれば、

身近なところが平和でなければ、世界平和も到底、難しい。

小さい頃から英語に触れて育つということは、それだけ世界を身近に感じながら、子どもたちは成長します。

私たちの世界は、今後、どれだけのジェレミー・ギリを果たして輩出していけるでしょうか?

世界中、こんな光景が毎日、当然のように訪れる持続可能な未来を。

私の9.11②

火曜日に起きたニューヨーク同時多発テロ事件を受け、水曜日と木曜日は、ニューヨーク市内の学校が全校休校となりましたが、

金曜日には、開校できる学校は授業を再開しました。

学校に戻った子どもたちの様子で印象的だったのは、連日の報道で、大変な事件が起こったことが何となく分かる子どもがいる一方で、

2日間なぜ休校だったのか良く分かっていない子どももいた、という両極端だったこと。

中には、「犯人はアラジンらしいよ」という子もあせる

私たち教員は学校のスクールカウンセラーの指導を受けていたものの、

新米教師だった私は、子どもたちの心のケアまでフォローしてあげられなかった。

これをきっかけに、体調不良を訴える子や、夜眠れない子が出てきていたが、

子どもたちとは直接関係のないところで起きている出来事が、どう子どもの内面に影響を及ぼすのか、というところまで寄り添ってあげられなかったことが悔やまれる。

当時、小学校低学年だった子どもたちも、17年経った今、社会に出ている子もいるでしょう。

今頃、どこで何をしているのだろう?

幼少期をマンハッタンのアッパーイーストサイドで過ごした子どもたちの親は、かなりの社会的ステータスのある人も多く、

こうした経験を経て大人になった子どもたちが切り開いていく未来に期待の念を抱くのは、私だけではないはず。

毎年この時期には、今後、未来を担っていくであろう当時の子どもたちに静かに思いを馳せる。

私の9.11

今日は火曜日ですが、17年前の今日も、忘れもしない新学期2日目の火曜日でした。

マンハッタンのアッパー・イースト・サイドの小さな小学校で働いていたのですが、

「何か、変・・・」と最初に思ったのは、さっき子どもたちが登校してきたばかりなのに、もう子どもを迎えに来たというお父さんが、学校の玄関に現われた時。

自宅で仕事をしているお父さんだったので、それ自体は疑問に思わなかったのですが、子どもを引き渡す際、一言も口にせず、足早に去って行った姿に「どうしたのだろう・・・」と不思議に思いました。

そして教室に戻ろうと廊下で同僚とすれ違った時、「テルヨ、聞いた?」と声をかけられたのでした。

「何を?」と聞き返すと、その先生が「ペンタゴンが襲撃されたらしい」と言うのです。

そして「あっ、それと、ワールドトレードセンターでなんか事故があったみたい」と彼女がついでに付け加えたのでした。

そう。私たちにとって第一報は、アメリカ国防総省のペンタゴンが大変なことになっているらしい、ということだったのです。

当時の勤務先にテレビはなく、17年前なので、当然YouTubeも・・・。

あまり情報が入らない中、学校の入り口は、次々と子どもたちを迎えに来る保護者でごった返す。

私のクラスの子どもたちは、お昼の12時頃には全員、親が迎えに来ていましたが、中には、様々な事情から、学校に夕方まで残っていた子もいました。

その後、緊急のスタッフ・ミーティングがあり、学校を出たのは午後2時過ぎだったでしょうか。

一歩外へ出てみると、そこはマンハッタンとは思えないほどの不自然な静けさ・・・。

普段はタクシーに、バスやトラックで混雑する大通りに車は一台もなく、道路を歩いてる人はまばらで、しかも話し声が全く聞こえない。

あんなにも静まり返ったマンハッタンの光景を目の当たりにしたのは、後にも先にもない。

当時、地下鉄とバスを乗り継いで通勤していたのですが、普段バスに乗る距離は歩き、地下鉄に乗る区間は、満員のバスにかろうじて乗ることができました。

やっとの思いで帰宅し、まずメールをチェックしようとパソコンの電源を入れた瞬間、

大量のメールが受信トレイに!

電話が通じない中、家族やたくさんの友人が心配してくれていたカゼ

膨大なメールの量に圧倒され、これは、私が想像している以上に、世界中が注目している大惨事だと痛感し、夕方4時頃だったか、テレビを付けて初めて衝撃の映像を見た。

あれから17年。

世界はどう変わっただろう。

自然災害も多い中、結束力が強まる一方、社会の分断も深まっています。

21世紀の幕開けで起きたこのニューヨーク同時多発テロ事件をきっかけに、その後も世界では、安全・安心、絆が脅かされる時代へ突入。

この間に起きた様々な出来事の教訓を、私たちは果たして生かしているでしょうか?